川端康成略史(6)

时间:2025-04-03

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昭和21年鎌倉文庫上記の「雪国」と同一

昭和22年公論、文藝春秋他「雪中火事」、「天の川」

昭和23年創元社決定版「雪国」:昭和12年の創元社版に昭和22年の「雪中火事」、「天

の川」を加えて決定版とした。

昭和22年新潮文庫決定版「雪国」と同一、初版

昭和27年岩波文庫決定版「雪国」と同一、初版

昭和31年角川文庫決定版「雪国」と同一、初版

<JR上越線上牧駅(かみもく)>

川端康成が小説を書きに行く場所は熱海から伊豆方面が多かったのですが、「雪国」の元ネタをを書き始めた昭和9年頃には上越の温泉に行く様になります。川端秀子さんの「川端康成とともに」では、「川端が湯沢に行ったのは年譜などでは昭和九年五月となっていますが、実際は六月に入ってからです。五月に水上から湯檜曾に行き、それから水上駅の一つ手前の上牧駅前の大室温泉旅館に行っています。……とに角お金がなくて、原稿をたくさん書かなくてはならなくて、そのための大室温泉行きでした。群馬県利根郡桃野村(上越線上牧駅前)大室温泉旅館から私あての手紙が四通(六月八日、十日、十一日、十二日)あります。」、と書いています。上牧駅は水上駅の一つ上野寄りです。上牧駅前の大室温泉旅館に宿泊したと書かれていたので、上牧駅周辺で地元の人に聞いてみましたが大室温泉旅館の所在は不明でした。川端康成自身は上牧温泉と書いていますので、間違い

ではないかとおもいます。

★左上の写真が上牧駅です。田舎のひなびた駅の雰囲気があり、プラットホームは駅裏の丘の上にあります。写真の裏手方面が上牧温泉で現在は5軒の旅館があります。

<JR上越線水上駅>

川端康成自身が上越の温泉に行ったときのことを書いています。『「雪国」を書く前私は水上温泉へ幾度か原稿を書きに行った。水上の一つ手前の駅の上牧温泉にも行った。そのころ深田久弥君や小林秀雄君はよく谷川温泉へ行っていた。』、水上にも宿泊したと書いていますが秀子さんは、「上牧駅では鉄道便も送れず、電報も打てないので、原稿が書きあがるたびに自動車で水上駅に行って出し、湯原局にまわって電報を打つというくり返しで

した…」、と書いています。

★右の写真がJR上越線水上駅です。太宰治が初代と自殺しかけたなど、文士たちがたび

たび滞在していた温泉町です。

<JR上越線越後湯沢駅>

川端康成は水上温泉から先(三国峠を超えると新潟県南魚沼郡)へはなかなか行く機会がなかったようです。『水上か上牧にいた時私は宿の人にすすめられて、清水トンネルの向こうの越後湯沢へ行ってみた。水上よりはよほどひなびていた。それからは湯沢へ多く行った。上越線で湯沢は越後の入り口になったが、清水トンネルの通る前は、三国峠越えはあっても、越後の奥とも言えたのである。三国峠のふもとの法師温泉は直木三十五氏が

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